2012年01月26日
お知らせ
このブログでは、一時期、よく見てくださる方々もいらっしゃり、
たいへんお世話になりました。
たま~にの更新に変わり、感じていらっしゃったかもしれません。
今年は、CD2枚目が完成予定で、
リニューアルして、今までとは内容を変えたブログを始めました。
もし、ご覧になりたい方は、↓へお越しくださいませ。
http://ameblo.jp/cdkuma/
ありがとうございました。
たいへんお世話になりました。

たま~にの更新に変わり、感じていらっしゃったかもしれません。
今年は、CD2枚目が完成予定で、

リニューアルして、今までとは内容を変えたブログを始めました。
もし、ご覧になりたい方は、↓へお越しくださいませ。

http://ameblo.jp/cdkuma/
ありがとうございました。
2012年01月12日
ボランティアの新年会
熊本市現代美術館でボランティアをしている人達の新年会が、
初めて合同でありました。(ランチ)
今年は開館10周年
を迎えます。
: : : : : : : : ボランティアいろいろ : : : : : : :
布絵本、図書チェック、読みかたり、イベント展示、発送整理、発送、ピアノ
: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : :
この中で、ピアノだけが一人の世界。
決められた日に、一人で行って一人でやって一人で帰る。
他は一緒にやるボランティアで楽しそうです。
ピアノは、たった3人しか来ていなかったので、
情報交換する場がもっとあったらいいのにね!と、
ちょっとお茶して帰りました。
言い出しっぺがいないと始まらないので、いちばん古株の人に
やろうよ!と言ってみようかな。
50名を越す「壱之倉庫」を貸し切ってのランチです。
食べものブログではないから、以下、写真だけです。






席は、くじ引きで、いろいろなボランティアの話を聞けました。
初めて合同でありました。(ランチ)

今年は開館10周年
を迎えます。: : : : : : : : ボランティアいろいろ : : : : : : :
布絵本、図書チェック、読みかたり、イベント展示、発送整理、発送、ピアノ
: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : :
この中で、ピアノだけが一人の世界。
決められた日に、一人で行って一人でやって一人で帰る。

他は一緒にやるボランティアで楽しそうです。
ピアノは、たった3人しか来ていなかったので、
情報交換する場がもっとあったらいいのにね!と、
ちょっとお茶して帰りました。

言い出しっぺがいないと始まらないので、いちばん古株の人に
やろうよ!と言ってみようかな。

50名を越す「壱之倉庫」を貸し切ってのランチです。
食べものブログではないから、以下、写真だけです。






席は、くじ引きで、いろいろなボランティアの話を聞けました。
2012年01月07日
嫁ぎ先と実家の違い
元旦に、世界に生中継されている
ウィーンフィルのニューイヤーコンサートの再放送が、本日ありました。
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団は、30年くらい前に鹿児島に来たとき
あっというまにチケットが売れてしまい、行けませんでした。

毎年、元旦は嫁ぎ先のテレビで、全部ではなく少し見ます。
猫の話が中心の、音楽とは無縁の家だからです。
そんな家で育った主人は、なぜか音楽も私より詳しいところがあって。
得したことは、猫の知識が増えたことです。

ウィーン楽友協会の大ホールは、1870年にできたそうで、
黄金のホールとも呼ばれており、美しいですね。

天井やいろいろな所が映され、優雅な気分になります。

毎年、バレエも出てくるので、より華やかですね。

最後は恒例の、ラデツキ―行進曲に合わせて手拍子を一緒にしています。
嫁ぎ先では、幸いに2つテレビがあっても、
遠慮してしまい、手拍子は聞こえないようにします。
翌日、自分の実家で、「ゆうべは見た?」の話題になるのが毎年のこと。
きょうの再放送のときも、嫁ぎ先から電話がきて、
「べつに用事はなかったんだけど・・・」と義母。
なんで、こんなときに電話が来るのかと笑ってしまいました。
ウィーンフィルのニューイヤーコンサートの再放送が、本日ありました。
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団は、30年くらい前に鹿児島に来たとき
あっというまにチケットが売れてしまい、行けませんでした。


毎年、元旦は嫁ぎ先のテレビで、全部ではなく少し見ます。
猫の話が中心の、音楽とは無縁の家だからです。
そんな家で育った主人は、なぜか音楽も私より詳しいところがあって。

得したことは、猫の知識が増えたことです。


ウィーン楽友協会の大ホールは、1870年にできたそうで、
黄金のホールとも呼ばれており、美しいですね。


天井やいろいろな所が映され、優雅な気分になります。

毎年、バレエも出てくるので、より華やかですね。

最後は恒例の、ラデツキ―行進曲に合わせて手拍子を一緒にしています。
嫁ぎ先では、幸いに2つテレビがあっても、
遠慮してしまい、手拍子は聞こえないようにします。

翌日、自分の実家で、「ゆうべは見た?」の話題になるのが毎年のこと。
きょうの再放送のときも、嫁ぎ先から電話がきて、
「べつに用事はなかったんだけど・・・」と義母。
なんで、こんなときに電話が来るのかと笑ってしまいました。

2012年01月05日
お気に入りの絵
本年もよろしくお願いいたします。
昨日まで県民百貨店であった、「KuMA collection 」。
31日~4日開催のちょうど帰省にあたり、最終日のぎりぎりで行けました。

知人が多かった中、初めてお会いした片山知子さんの絵に、
瞬間的に欲しい
と思い、
最終日で値も落としたらしく、とても安くで買うことができました。
お名前だけは前から存じていました。

昨日まで県民百貨店であった、「KuMA collection 」。
31日~4日開催のちょうど帰省にあたり、最終日のぎりぎりで行けました。


知人が多かった中、初めてお会いした片山知子さんの絵に、
瞬間的に欲しい
と思い、最終日で値も落としたらしく、とても安くで買うことができました。

お名前だけは前から存じていました。
2011年12月23日
「第九」をタダで聴けます
12月25日(日) 14:00~ 熊本県立劇場 無料
それは、公開リハーサルです。
本番ではないけれど、最後の練習ということで出演者は真剣です。
私も出たことはありますから、
リハーサルも本番もレベルは同じです。
コンサートは、18:15~
指定席4000円、一般席3000円
いずれも当日券になると500円アップします。

それは、公開リハーサルです。
本番ではないけれど、最後の練習ということで出演者は真剣です。

私も出たことはありますから、
リハーサルも本番もレベルは同じです。
コンサートは、18:15~
指定席4000円、一般席3000円
いずれも当日券になると500円アップします。
2011年12月20日
辻井伸行ピアノリサイタル

今夜、辻井さんのリサイタルに行ってきました。

世界ツアーをしている人が熊本に来てくれるのですから、
また次回になどと言っていられません。

それに、23才としての彼の表現を知っておきたかったのです。


席は3階になってしまいました。

これを話すには長くなりそうで、やめましょう。
約2ヶ月前のチケット発売の日は、あっという間に完売でした。

周囲には、アルゲリッチの髪型に似た人や、
フジコ・へミングの帽子のようなオバサンがいました。


音色で、このピアノのメーカーは何だろう

スタインウェイの使用が多いですが、3階席だったからでしょうか、
あれではないか、そうでなければ、あれだろうと予想はつけていたものの、
どうしても知りたく、事務局に尋ねたところ、スタインウェイで、
階によって響きが違うのでしょう、こんな疑問を持つのは初めてでした

ピアノをやっている人にとっては、おなじみのソナタなどのプログラムで
何カ所かのミスタッチはあったものの、重要なメロディは骨太な音でした。
ベートーベンが後半になるにつれて圧倒的に良かったです。

楽しんで自分の音楽を聴いてくださいと言っているような演奏でした。

アンコール3曲目の前に、彼は肉声で3階にもよく通る声で挨拶をした後
大震災を思うオリジナルを弾き、周囲からすすり泣きが聞こえてきました。
悲しみの中から復興への希望が、短調から長調に変わっていく曲です。
ロビーへ降りて、曲目はわかってはいましたが、まだ書いている最中らしく
掲示された途端、まっ先に撮りました。

辻井さんについては、以前、書いたことがありますので、
重複しない言葉でいえば、
「こうなるように生まれてきた人」でしょうか。
2011年12月18日
くまモンは何体いるか?
このタイトルで来られた皆さん、最初にこのネタでスミマセン
NHK熊本放送局が募集していた、「くまもと歌物語」には、
約1500通の応募があったそうで、↓は放送でのフィナーレです。

県劇での鑑賞あろうと、放送であろうと、それぞれに感じられたことでしょう。
進行のアナウンサーって、どの方も、ニュースから離れたときに、
本当はこんな素敵な笑顔と雰囲気の方だったんだ~
です。
お若い池田伸子アナウンサーは、全国の生放送でも熊本の魅力を伝え、
そのときも、えっ
と驚いたことがあります。
ニュースもあんな感じで伝えてもらえたらいいな~と思うけど、
そうはできないですね、、、、、

“からしレンコンどーもくん” と一緒にいる、“くまモン”は、
繁殖してしまい、4体いるところまでは、ご存知の方は多いと思います。
昨夜、聞いた話で、○体
これ、言ってよいかわからないので、書けません。
この数字を知ったのは、私が遅れているのか、どうなのか・・・
すごい繁殖になったモンだとビックリです。
くまモンという動物は、どうやったら、繁殖できるんでしょう

NHK熊本放送局が募集していた、「くまもと歌物語」には、
約1500通の応募があったそうで、↓は放送でのフィナーレです。

県劇での鑑賞あろうと、放送であろうと、それぞれに感じられたことでしょう。
進行のアナウンサーって、どの方も、ニュースから離れたときに、
本当はこんな素敵な笑顔と雰囲気の方だったんだ~
です。お若い池田伸子アナウンサーは、全国の生放送でも熊本の魅力を伝え、
そのときも、えっ
と驚いたことがあります。ニュースもあんな感じで伝えてもらえたらいいな~と思うけど、
そうはできないですね、、、、、

“からしレンコンどーもくん” と一緒にいる、“くまモン”は、
繁殖してしまい、4体いるところまでは、ご存知の方は多いと思います。
昨夜、聞いた話で、○体

これ、言ってよいかわからないので、書けません。
この数字を知ったのは、私が遅れているのか、どうなのか・・・
すごい繁殖になったモンだとビックリです。

くまモンという動物は、どうやったら、繁殖できるんでしょう

2011年12月04日
お菓子の香梅 喫茶コーナー
きょうは午後に、コンサート企画される方からご案内いただいていた
「お菓子の香梅 帯山店」に、コンサートが目的で行きました。


全国各地で、あまり広くない会場で弾いている、
自然派ピアニスト重松壮一郎さん。
お茶菓子も付いて、大震災のチャリティにもなるコンサートでした。
そこで、まだ知らない方のために、お知らせしたかったのは・・・


お菓子売り場の奥に、喫茶コーナーのある店舗は、
帯山店、光の森店、菊池店、人吉店と4店舗あるそうです。
帯山店、光の森店の2店舗は、最初の写真のような
アートスペースがあります。

喫茶店のように利用するのもいいですね。
「お菓子の香梅 帯山店」に、コンサートが目的で行きました。


全国各地で、あまり広くない会場で弾いている、
自然派ピアニスト重松壮一郎さん。
お茶菓子も付いて、大震災のチャリティにもなるコンサートでした。
そこで、まだ知らない方のために、お知らせしたかったのは・・・


お菓子売り場の奥に、喫茶コーナーのある店舗は、
帯山店、光の森店、菊池店、人吉店と4店舗あるそうです。
帯山店、光の森店の2店舗は、最初の写真のような
アートスペースがあります。

喫茶店のように利用するのもいいですね。
2011年11月28日
被災学校支援コンサート

現・元熊本県教育委員会の有志の動きで、チャリティで開催され、
宮城県東松島市の2校に、確実な支援をと決められたそうです。

前半には5校が演奏し、合った選曲や演出もあり素晴らしかったです


盲学校の木琴・鉄琴のアンサンブルで、とても静かな曲では
やわらかい音の出るマレットを使ってあることで、聖なる響きを感じ、
その生徒さんと同じように目が見えなかったら・・と、目を閉じてみると
主に音で生きていると言ってもいい盲人の方々の様子をわずかでも感じ、
そして、亡くなられた方々への魂に届いているのではとさえ聴こえました。

何か持って合唱していたので、最後に何が出るのだろう・・がこの字

後半は、大人達の「スタバト マーテル」-聖母はなげきてー
十字架にかけられたイエスの傍らに佇む聖母マリアの深い悲しみや嘆き

学校を退職された方が、ナイフで削って作ったという「竹とんぼ」200円。
笑えることは、私が募金して手に入れたのではなくて、友人が募金して、「これ、あげるから
」なのでした。
くまモンで喜んだ県民は、何年もかかって、お金や心の支援を
しなければならない使命があると強く感じます。

2011年11月27日
こんな時にも使ってもらえました
昨夜は、ツイッター熊本交流会(Facebookも絡めて)の開設1周年を
祝う会があり、私のCDの7曲目を3回くらい続けて流しながら、
スクリーンで会員を紹介するところから始まりました。


宮田博文さん、馬場口一利さんがリーダー。
さすがにいい言葉が書いてありますね。

最後に表紙が映されて、嬉しかったです。
BGMとしても良いように作ったCDだから、
こんなときの使い方もいいものだなぁと気づかされました。

この会も応援している熊本在住のkenshiroさんが歌を披露され、
元気を与えてくださるお一人に間違いないことを確信しました。

武雄市長さんによる、日本初のソーシャルメディアで実践されている
武雄市の話には今後、他の自治体も変わっていくのか興味のあるところです
その後、立食の交流会となりました。
祝う会があり、私のCDの7曲目を3回くらい続けて流しながら、
スクリーンで会員を紹介するところから始まりました。



宮田博文さん、馬場口一利さんがリーダー。
さすがにいい言葉が書いてありますね。


最後に表紙が映されて、嬉しかったです。

BGMとしても良いように作ったCDだから、こんなときの使い方もいいものだなぁと気づかされました。

この会も応援している熊本在住のkenshiroさんが歌を披露され、
元気を与えてくださるお一人に間違いないことを確信しました。


武雄市長さんによる、日本初のソーシャルメディアで実践されている
武雄市の話には今後、他の自治体も変わっていくのか興味のあるところです
その後、立食の交流会となりました。
2011年11月18日
くまモン 投票しましょう!
「全国ゆるキャラグランプリ2011」で、1位と2位が接戦
最終日の26日まで、目が離せなくなりましたね
「くまモン」を優勝させるために、一日一回の投票を続けましょう。
↓
http://yurugp.jp/yuruchar.php?id=97&uk=85081c47f321b9a31fc162116aaa9cfd
http://www.yurugp.jp/yuruchar.php?id=97&uk
2種類あります。

最終日の26日まで、目が離せなくなりましたね

「くまモン」を優勝させるために、一日一回の投票を続けましょう。

↓
http://yurugp.jp/yuruchar.php?id=97&uk=85081c47f321b9a31fc162116aaa9cfd
http://www.yurugp.jp/yuruchar.php?id=97&uk
2種類あります。
2011年11月14日
ラッキー
きょうは熊本市現代美術館のピアノボランティアの日に当たっており
いつも余裕を持って出るのですが、
バス
がいっこうに来ず、渋滞時でもあり、
間に合わないかもとハラハラしていたら
市中心部に来るとバス専用の車線でスイスイ行き、
普通の車は渋滞で、間に合ってホッとしました。

秋らしいイラストを使ってありますね。

そして、一年に一回しかないブルーの天守閣を見ました。
11月14日は、世界糖尿病デー。
ブルーは糖尿病撲滅のための世界共通のシンボルマークの色だそうです。

先日は、ピンクの天守閣。
10月はピンクリボン運動(乳がん)で、
これも、たった一夜だけのライトアップを見れてラッキーでした。
いつも余裕を持って出るのですが、
バス
がいっこうに来ず、渋滞時でもあり、間に合わないかもとハラハラしていたら

市中心部に来るとバス専用の車線でスイスイ行き、
普通の車は渋滞で、間に合ってホッとしました。


秋らしいイラストを使ってありますね。


そして、一年に一回しかないブルーの天守閣を見ました。

11月14日は、世界糖尿病デー。
ブルーは糖尿病撲滅のための世界共通のシンボルマークの色だそうです。

先日は、ピンクの天守閣。

10月はピンクリボン運動(乳がん)で、
これも、たった一夜だけのライトアップを見れてラッキーでした。

2011年11月06日
山田耕筰の35分かかる曲
きょうの午後は、県劇でタイトル通りの曲を初めて聴きました。
山田耕筰(1886~1965年、存命なら125歳)というと、ほとんどの方が、
「赤とんぼ」、「からたちの花」、「この道」などが浮かぶと思います。
短い歌曲や童謡ですね。

それが、第九と同じ編成の、交響詩「おやさま」の第1~3楽章の約35分、
知らずに恥なことなのかなぁと思ったくらいでしたが、
鹿児島から、ご高齢の声楽の名誉教授も興味あって来られていました。

声楽の友人が天理教会に生まれ、嫁ぎ先も天理教会。
きょうは九州全域からの天理教会の音楽愛好者によるコンサートが
県劇であったのです。
オーケストラは天理市から来られたそうです。
私は天理教ではありませんが、おかげで山田耕筰の作品に、
こんな曲があったのかと知ることができました。

後半は、團伊玖磨(1924~2001)の約45分の曲で、前半も後半も
音符が読めない人も挑戦したそうで、それには感激。

そして、私の席といったら、開始5分前に着いたもので、自由席であっても
入口で来た順に指定席の体制になっており、なんと、
3階の最後列で、すり鉢の縁から底を見ているようなもの。
せっかくなので、最後列からの全体の見え方を友人に送ってやろうと、
演奏中でしたが、ひそかに撮りました。ズームしてこうです。
さすがに名誉教授は、天理教でなくても招待席の中でもさらに特等席。
インタビューも受けていました。
山田耕筰(1886~1965年、存命なら125歳)というと、ほとんどの方が、
「赤とんぼ」、「からたちの花」、「この道」などが浮かぶと思います。
短い歌曲や童謡ですね。


それが、第九と同じ編成の、交響詩「おやさま」の第1~3楽章の約35分、
知らずに恥なことなのかなぁと思ったくらいでしたが、
鹿児島から、ご高齢の声楽の名誉教授も興味あって来られていました。


声楽の友人が天理教会に生まれ、嫁ぎ先も天理教会。
きょうは九州全域からの天理教会の音楽愛好者によるコンサートが
県劇であったのです。
オーケストラは天理市から来られたそうです。
私は天理教ではありませんが、おかげで山田耕筰の作品に、
こんな曲があったのかと知ることができました。


後半は、團伊玖磨(1924~2001)の約45分の曲で、前半も後半も
音符が読めない人も挑戦したそうで、それには感激。


そして、私の席といったら、開始5分前に着いたもので、自由席であっても
入口で来た順に指定席の体制になっており、なんと、
3階の最後列で、すり鉢の縁から底を見ているようなもの。

せっかくなので、最後列からの全体の見え方を友人に送ってやろうと、
演奏中でしたが、ひそかに撮りました。ズームしてこうです。
さすがに名誉教授は、天理教でなくても招待席の中でもさらに特等席。

インタビューも受けていました。
2011年10月26日
最高の男たちの冒険
ドラマか映画ではないかと思わせるようなタイトル、
オーケストラのコンサートです。
国内のプロオーケストラの、首席奏者などが34名集まり、
指揮者のいない中規模編成、室内楽を大きくしたような。
マロと呼ばれている篠崎史紀氏がリーダー。
親分肌のマロさんは、ある楽器が主になるとき、「頼んだぞ」と言ってるような
微笑んだ目を瞬時にその奏者に送る様子が、スクリーンに映されました。
奏者たちの熱気が常に感じられ、
聴衆も巻きこまれているがわかりました。

1曲目は、1,2小節だけで、なんと音色の美しいことかと予想通りで、
今までこんなのは聴いたことない
県劇は音響がいいのはわかっているが、
それにしても、こんなことは初めて
という思い。
2曲目のイタリアは、カラヤンのベルリンフィルのCDで聴いており、
今夜は4楽章のテンポが速く、マロさんの指示がそうだったのか、
もしかしたら奏者たちが興奮して速くなったのかもと思ったり。

3曲目の英雄は、小澤征爾のサイトウキネンのCDで聴いていました。
小澤さんと違うところを発見したり、
例えば2小節をゆっくり一音ずつ強調するところなど。
2楽章は、スクリーンに「震災で亡くなられた人に捧ぐ」と書かれてあり、
このときだけは、気のせいもあるのか、テーマの部分にその気持ちが
込められていたのを感じました。
私は、最初から最後まで、とにかくスゴイと感じるばかり。
たぶん、マロさんは大事なところだけは皆でこうしようと指示され、
あとは、のびやかに演奏するところはやってくれ、と言ったんじゃないかと
勝手に思いながら聴いていました。

熊本のクラシックで、こんなスタンディングオーペーションは初めてです。
前のほうの聴衆もわかりますか?
立ってない人も、手を高く上げて拍手が続きました。
各奏者も誇りを持って、スリルを味わいながら、
まさに冒険だったに違いありません。

出口に掲示してあったアンコール曲。
ユーモアのある編曲で、いいところでマロさんも礼をするものだから、
さらに歓喜を与えて、聴衆まで冒険させました。

いいコンサートに決まってるからと始まる前に注文していた
“県劇ブラボー” を食べてから、ブログを書きました。
めったにない超人的、最高芸術なコンサート、お菓子もおいしかった。
オーケストラのコンサートです。

国内のプロオーケストラの、首席奏者などが34名集まり、
指揮者のいない中規模編成、室内楽を大きくしたような。
マロと呼ばれている篠崎史紀氏がリーダー。
親分肌のマロさんは、ある楽器が主になるとき、「頼んだぞ」と言ってるような
微笑んだ目を瞬時にその奏者に送る様子が、スクリーンに映されました。
奏者たちの熱気が常に感じられ、

聴衆も巻きこまれているがわかりました。


1曲目は、1,2小節だけで、なんと音色の美しいことかと予想通りで、
今までこんなのは聴いたことない

県劇は音響がいいのはわかっているが、
それにしても、こんなことは初めて
という思い。2曲目のイタリアは、カラヤンのベルリンフィルのCDで聴いており、
今夜は4楽章のテンポが速く、マロさんの指示がそうだったのか、
もしかしたら奏者たちが興奮して速くなったのかもと思ったり。


3曲目の英雄は、小澤征爾のサイトウキネンのCDで聴いていました。
小澤さんと違うところを発見したり、
例えば2小節をゆっくり一音ずつ強調するところなど。
2楽章は、スクリーンに「震災で亡くなられた人に捧ぐ」と書かれてあり、
このときだけは、気のせいもあるのか、テーマの部分にその気持ちが
込められていたのを感じました。

私は、最初から最後まで、とにかくスゴイと感じるばかり。

たぶん、マロさんは大事なところだけは皆でこうしようと指示され、
あとは、のびやかに演奏するところはやってくれ、と言ったんじゃないかと
勝手に思いながら聴いていました。


熊本のクラシックで、こんなスタンディングオーペーションは初めてです。
前のほうの聴衆もわかりますか?
立ってない人も、手を高く上げて拍手が続きました。

各奏者も誇りを持って、スリルを味わいながら、
まさに冒険だったに違いありません。


出口に掲示してあったアンコール曲。
ユーモアのある編曲で、いいところでマロさんも礼をするものだから、
さらに歓喜を与えて、聴衆まで冒険させました。


いいコンサートに決まってるからと始まる前に注文していた
“県劇ブラボー” を食べてから、ブログを書きました。

めったにない超人的、最高芸術なコンサート、お菓子もおいしかった。
2011年10月19日
自分も癒されているCD
Facebookを始めてから、ブログはすっかりごぶさたしています。
二つを組み合わせてやっている方もいらっしゃいます。
「海辺のカフェテラス」のタイトルでFacebookページを作っています。
昨日の夕方、疲れていたのか
、流れている音楽をうるさいと感じてしまい
あまり自分のCDは聴かないのですが、聴いてみました。
すると、音楽の精神安定剤と言っていいのでしょうか、
だんだん落ち着き、体も心もリラックス、疲れが取れてきました。
癒しは、マイナスをプラスに引き上げるという意味がありますね。
我ながら言うのもなんですが、作った自分に乾杯でした。
二つを組み合わせてやっている方もいらっしゃいます。
「海辺のカフェテラス」のタイトルでFacebookページを作っています。昨日の夕方、疲れていたのか
、流れている音楽をうるさいと感じてしまい
あまり自分のCDは聴かないのですが、聴いてみました。
すると、音楽の精神安定剤と言っていいのでしょうか、
だんだん落ち着き、体も心もリラックス、疲れが取れてきました。

癒しは、マイナスをプラスに引き上げるという意味がありますね。
我ながら言うのもなんですが、作った自分に乾杯でした。

2011年09月26日
辻井伸行さん
昨夜9時からのN響アワーは、辻井伸行さんでした。
ご覧になった方はいらっしゃいますか
感動
があるうちにと、すぐにアップしようとしても、
パソコンの調子がよくなくて、半日くらい経ってしまいました。
この人が出てくると、いつも、こんな人が本当にいていいのだろうかと
思わずにいられません。
信じられないという言葉しか出てこないのです。

出版されたばかりの、一昨日に買った楽譜の表紙
持って生まれた才能+育った環境・特に母親の努力+良き指導者+努力
とはいっても、信じられないの言葉しかありません。
まず、どなたでも思うことの一つに、どうして一音もはずさないで、
あんなに弾けるの
です。
ピアニストとして音楽性がどうであるとか言う前に。

私も昔、電灯を消して真っ暗にして弾いてみたことがあって、
今になると全盲の方と同じ条件でやってみたことが一度だけあります。
これで大丈夫だろうと試しにやったのでした。
もし、全盲だったとしたら、どんなに不自由なことでしょう。
昨夜は、日本人のベテラン指揮者、外山雄三さんに決められたことが
ピッタリだったことは私などが言うまでもないことです。
そして、協奏曲なので辻井さんが引っ張っていくような全体の演奏

なんだかN響メンバーも、感動しながら自分の楽器を弾いていたり、
辻井さんのソロ部分のところは、気のせいかわからないけど、
いつものソリストとは違う思いで聴いているメンバーに見えて、
画面から伝わってくるものがありました。

最後の広大ななロシアの土地の風土からくるようなメロディは、
指揮者もN響も、辻井さんに、のめりこまれて演奏しているようで、
最後の部分だっただけに感動して涙が出そうでした。
アンコールの独奏は特に、辻井さんに魔法
をかけられたように、
曲の中に身を置かされたみたいで、現実とは思えませんでした。
出版されたばかりの、一昨日に買ったばかりの楽譜は、
辻井さんは楽譜が書けないため、採譜してあり、とても純粋な音楽です。

100年に一度しか出ないという言葉がありますが、
辻井さんのことをいうのではないでしょうか。
ご覧になった方はいらっしゃいますか

感動
があるうちにと、すぐにアップしようとしても、パソコンの調子がよくなくて、半日くらい経ってしまいました。

この人が出てくると、いつも、こんな人が本当にいていいのだろうかと
思わずにいられません。
信じられないという言葉しか出てこないのです。


出版されたばかりの、一昨日に買った楽譜の表紙
持って生まれた才能+育った環境・特に母親の努力+良き指導者+努力
とはいっても、信じられないの言葉しかありません。

まず、どなたでも思うことの一つに、どうして一音もはずさないで、
あんなに弾けるの
です。ピアニストとして音楽性がどうであるとか言う前に。

私も昔、電灯を消して真っ暗にして弾いてみたことがあって、
今になると全盲の方と同じ条件でやってみたことが一度だけあります。
これで大丈夫だろうと試しにやったのでした。
もし、全盲だったとしたら、どんなに不自由なことでしょう。
昨夜は、日本人のベテラン指揮者、外山雄三さんに決められたことが
ピッタリだったことは私などが言うまでもないことです。
そして、協奏曲なので辻井さんが引っ張っていくような全体の演奏


なんだかN響メンバーも、感動しながら自分の楽器を弾いていたり、
辻井さんのソロ部分のところは、気のせいかわからないけど、
いつものソリストとは違う思いで聴いているメンバーに見えて、
画面から伝わってくるものがありました。


最後の広大ななロシアの土地の風土からくるようなメロディは、
指揮者もN響も、辻井さんに、のめりこまれて演奏しているようで、
最後の部分だっただけに感動して涙が出そうでした。

アンコールの独奏は特に、辻井さんに魔法
をかけられたように、曲の中に身を置かされたみたいで、現実とは思えませんでした。
出版されたばかりの、一昨日に買ったばかりの楽譜は、
辻井さんは楽譜が書けないため、採譜してあり、とても純粋な音楽です。

100年に一度しか出ないという言葉がありますが、辻井さんのことをいうのではないでしょうか。
2011年08月25日
栗谷かずよフルートコンサート
昨夜のコンサート、素晴らしかったです。
熊本からまた大きなアーティストが出てきました。

バトルステージは満席で、立ち見も数十人。
栗谷かずよさんのフルートの音色は美しく、リズミカルにアレンジしてあり、
観客を最後まで飽きさせないコンサートでした。

トークも、しゃべりすぎず、少なすぎず、ちょうどよくて、
この日の服やヘアスタイルについても聞けました。
大きな器というか、また明らかに私のような小心者とは違うと感じて・・・。
でも、いざとなったら開き直ってやってしまうことがあるので、
自分でも笑えてしまうんですよネ
またちょっと横道にそれました。

みんな若い4人です。
ピアノはロサンゼルス出身の、Jordan Seigel(ジョーダン・シーグル)さん。
ベースはアルゼンチン出身の、Fernando Huergo(フェルナンド・ヒュエルゴ)さん。
パーカッションは佐世保市出身でニューヨーク在住の、小川慶太さん。

二夜前の吉田ミカさんのコンサートと重なりあって、3人の男性とセッション。
どんなに円熟していくのだろうと、次回が楽しみでなりません。
音楽やる人に定年はないので、中高年になってもさらに円熟しますね。
ファーストアルバムのサイン会もあったけど、アンケートに答えたら、
抽選でプレゼントされるので、それに期待して、
買ってサインをもらわずに帰ってしまいました。
栗谷かずよWeb

熊本からまた大きなアーティストが出てきました。

バトルステージは満席で、立ち見も数十人。
栗谷かずよさんのフルートの音色は美しく、リズミカルにアレンジしてあり、
観客を最後まで飽きさせないコンサートでした。


トークも、しゃべりすぎず、少なすぎず、ちょうどよくて、
この日の服やヘアスタイルについても聞けました。
大きな器というか、また明らかに私のような小心者とは違うと感じて・・・。
でも、いざとなったら開き直ってやってしまうことがあるので、
自分でも笑えてしまうんですよネ
またちょっと横道にそれました。


みんな若い4人です。
ピアノはロサンゼルス出身の、Jordan Seigel(ジョーダン・シーグル)さん。
ベースはアルゼンチン出身の、Fernando Huergo(フェルナンド・ヒュエルゴ)さん。
パーカッションは佐世保市出身でニューヨーク在住の、小川慶太さん。

二夜前の吉田ミカさんのコンサートと重なりあって、3人の男性とセッション。
どんなに円熟していくのだろうと、次回が楽しみでなりません。

音楽やる人に定年はないので、中高年になってもさらに円熟しますね。

ファーストアルバムのサイン会もあったけど、アンケートに答えたら、
抽選でプレゼントされるので、それに期待して、
買ってサインをもらわずに帰ってしまいました。

栗谷かずよWeb
2011年08月23日
ミカリンバ
昨夜は、天草市出身のマリンピスト、吉田ミカさんのコンサートでした。
マリンピストって、まだ聞き慣れない言葉ですね。(マリンバ奏者)
それだけ人口が少ないのもあるでしょう。
サイン会は長蛇の列でした。

私の記憶では、
学校で合奏の楽器決めがあるとき、
木琴の希望者がとても多くて、なれなかった人は、
鉄琴に回されたリしていました。
木琴をとても大きくしたと考えていいマリンバ。
吉田ミカさんのおかげで、熊本にマリンバの魅力が
大きく出てきているように思います。
一つのマリンバで、いくつものマレット(打つもの)を変えて、
曲ごとに色彩豊かな表現と、魂を感じる演奏。
一緒に演奏された三人も、もちろん素晴らしく
特にベースのエディ・ゴメスさんは、評価が高かったようです。

ミカさんがお話しているところです。
才能のみならず、ニューヨークまで勉強しに行く・・、素晴らしい
私のような小心者、ビビリ人間は才能があったとしてもできないネ、
できるだけ損をしないで生きていかなきゃネ

まさに大人のコンサートでした。
周囲を見ると、いかにもジャズファンというのが顔に出ていて、
気のせいかもしれないけど、口髭をはやしている人を見るとそう思って。

最後の花束贈呈に、オハイエのメンバーが。
双方とも、とても嬉しかったと思います。
マリンピストって、まだ聞き慣れない言葉ですね。(マリンバ奏者)
それだけ人口が少ないのもあるでしょう。
サイン会は長蛇の列でした。


私の記憶では、
学校で合奏の楽器決めがあるとき、木琴の希望者がとても多くて、なれなかった人は、
鉄琴に回されたリしていました。
木琴をとても大きくしたと考えていいマリンバ。
吉田ミカさんのおかげで、熊本にマリンバの魅力が
大きく出てきているように思います。
一つのマリンバで、いくつものマレット(打つもの)を変えて、
曲ごとに色彩豊かな表現と、魂を感じる演奏。

一緒に演奏された三人も、もちろん素晴らしく

特にベースのエディ・ゴメスさんは、評価が高かったようです。

ミカさんがお話しているところです。
才能のみならず、ニューヨークまで勉強しに行く・・、素晴らしい

私のような小心者、ビビリ人間は才能があったとしてもできないネ、

できるだけ損をしないで生きていかなきゃネ


まさに大人のコンサートでした。
周囲を見ると、いかにもジャズファンというのが顔に出ていて、
気のせいかもしれないけど、口髭をはやしている人を見るとそう思って。

最後の花束贈呈に、オハイエのメンバーが。

双方とも、とても嬉しかったと思います。

2011年08月14日
若者パワー
お盆の帰省予定が変わり、初めてのことなので、
この際、毎年この時期にある、行けてなかったコンサートに
行ってみることにしました。

ある高校の音楽系の部活全部での音楽会。
これは吹奏楽部で、東日本大震災の復興へ向けて、後部列のラッパ類も
届けと言わんばかりに吹いている様子です。

最後に、全部の部活とOB・OGも混じってのステージ。
途中からで聴けなかった部活もあったけど、どれもとてもよかったです。

「さよ~な~ら、み~なさま~・・・」と余韻を残すように、コーラスも。

翌日は、また県劇に行き、今度は別の高校の公開レッスンです。

愛称 “マロ” 篠崎史紀さん(N響第一コンサートマスター)の
ユーモアも含んだ指導により、演奏が変わっていきました。
公開レッスンは、変わっていく様子を見れるのがおもしろいですね。

これは、1年生がたくさん加わり、
しかも入学してから始めた楽器の生徒さんが多く、
マロさんもその点は誉めていました。

終わって20分後に始まったのが、熊本ユースシンフォニーオーケストラ。
ホールへ移動し、つまりハシゴしました。

小学生から29才までの規則ですが、成人している人が多く、
このオケで育ったり、音楽の道に進んだ人が含まれているでしょう。
とてもよかったです。
いつも、プロはプロとして見て、そうでない人達はその目線で見ます。
どれも、とても素晴らしかったと感じました。
熊本に来て初めて行けた、この時期のコンサートにニッコリ
この際、毎年この時期にある、行けてなかったコンサートに
行ってみることにしました。


ある高校の音楽系の部活全部での音楽会。
これは吹奏楽部で、東日本大震災の復興へ向けて、後部列のラッパ類も
届けと言わんばかりに吹いている様子です。


最後に、全部の部活とOB・OGも混じってのステージ。
途中からで聴けなかった部活もあったけど、どれもとてもよかったです。


「さよ~な~ら、み~なさま~・・・」と余韻を残すように、コーラスも。

翌日は、また県劇に行き、今度は別の高校の公開レッスンです。

愛称 “マロ” 篠崎史紀さん(N響第一コンサートマスター)の
ユーモアも含んだ指導により、演奏が変わっていきました。

公開レッスンは、変わっていく様子を見れるのがおもしろいですね。

これは、1年生がたくさん加わり、
しかも入学してから始めた楽器の生徒さんが多く、
マロさんもその点は誉めていました。


終わって20分後に始まったのが、熊本ユースシンフォニーオーケストラ。
ホールへ移動し、つまりハシゴしました。


小学生から29才までの規則ですが、成人している人が多く、
このオケで育ったり、音楽の道に進んだ人が含まれているでしょう。
とてもよかったです。

いつも、プロはプロとして見て、そうでない人達はその目線で見ます。どれも、とても素晴らしかったと感じました。

熊本に来て初めて行けた、この時期のコンサートにニッコリ

2011年08月08日
朗読劇
6日(土)の午後、アスパル富合で、明治に三角西港が完成に至るまで、
過酷な労働だっただけに、69人も命を落とした事実に基づいて、
恋愛物語に脚色してある朗読劇「海の墓標」が上演されました。

昨年10月、三角西港の和蘭館(おらんだかん)で初演されましたが、
鹿児島のイベントに呼ばれていた日で、鑑賞できず、
ぜひ、また上演の機会を設けてほしいと関係者に話したことがありました。
今回の上演者は、ほとんど私をご存知ではありませんでしたが、
三角西港の歴史を勉強した同士として、親近感を持って鑑賞いたしました。

小出史さんの朗読は、お一人で読まれているとはとても思えず、
声のトーンを変えて、素晴らしい読みをされました。
オリジナルの歌も出てきたり、朗読に入ってくるメロディも、
同じような機会があれば、こんな感じもいいなと勉強になりました。

脚本を手がけられたのは、富合町在住の佐藤幸一さん(右)です。
私は三角西港をテーマにCDを作りました。
先日、当地に出向いたとき、熊本市からよく遊びに来ているというご夫婦と
海を見ながら、おしゃべりしていたら、聴いてくださっているのを知り、
三角西港にいるそのままの音楽に感じたと言われ、嬉しかったです。
過酷な労働だっただけに、69人も命を落とした事実に基づいて、
恋愛物語に脚色してある朗読劇「海の墓標」が上演されました。

昨年10月、三角西港の和蘭館(おらんだかん)で初演されましたが、
鹿児島のイベントに呼ばれていた日で、鑑賞できず、
ぜひ、また上演の機会を設けてほしいと関係者に話したことがありました。
今回の上演者は、ほとんど私をご存知ではありませんでしたが、
三角西港の歴史を勉強した同士として、親近感を持って鑑賞いたしました。

小出史さんの朗読は、お一人で読まれているとはとても思えず、
声のトーンを変えて、素晴らしい読みをされました。
オリジナルの歌も出てきたり、朗読に入ってくるメロディも、
同じような機会があれば、こんな感じもいいなと勉強になりました。

脚本を手がけられたのは、富合町在住の佐藤幸一さん(右)です。
私は三角西港をテーマにCDを作りました。先日、当地に出向いたとき、熊本市からよく遊びに来ているというご夫婦と
海を見ながら、おしゃべりしていたら、聴いてくださっているのを知り、
三角西港にいるそのままの音楽に感じたと言われ、嬉しかったです。
2011年08月02日
宿命と運命
昨夜の10時からNHK総合を見ていた方には通じると思いますが・・
私はもう、ひと目も離さずといっていいほど見入っていました。
三人の指揮者が、同じ小節でも違うことをオーケストラに
自分の求める音楽を要求して、違う音楽になること。
比較してあり、知っていたことでしたが、
オーケストラの人達も大変ではないかと常々思うことがあります。
職場などでもトップの指示に従って動くのと同じことで。

終わるときのテレビを撮ってしまいました。
左の人は、私が熊本に来てから急に浮上してきた下野竜也さんという
大学は鹿児島で過ごし、指揮者になるためにそれなりのところへ出て
勉強したという異色の人なんです。
小澤征爾さんが体調不良で、代役として出ることを知ったときは、
鹿児島からもこんな人が出た!スゴイ!ここまで来たか!でした。
それに、「江」の音楽の指揮者でもあります。
田舎で普通に暮らしていたら、良い才能を持っていたとしても
開花できなくて、とても遅れをとってしまいます。
そんな人はたくさんいると思います。
もっと刺激を受けながら育っていたら、
まだよかっただろうと思ったことは限りなくありますが、宿命ですから。
宿命は変えられないけど、運命は変えられる。
まだ今から、何かが変わるかもしれません
(笑)
私はもう、ひと目も離さずといっていいほど見入っていました。

三人の指揮者が、同じ小節でも違うことをオーケストラに自分の求める音楽を要求して、違う音楽になること。
比較してあり、知っていたことでしたが、
オーケストラの人達も大変ではないかと常々思うことがあります。
職場などでもトップの指示に従って動くのと同じことで。

終わるときのテレビを撮ってしまいました。
左の人は、私が熊本に来てから急に浮上してきた下野竜也さんという
大学は鹿児島で過ごし、指揮者になるためにそれなりのところへ出て
勉強したという異色の人なんです。
小澤征爾さんが体調不良で、代役として出ることを知ったときは、
鹿児島からもこんな人が出た!スゴイ!ここまで来たか!でした。

それに、「江」の音楽の指揮者でもあります。
田舎で普通に暮らしていたら、良い才能を持っていたとしても
開花できなくて、とても遅れをとってしまいます。
そんな人はたくさんいると思います。
もっと刺激を受けながら育っていたら、
まだよかっただろうと思ったことは限りなくありますが、宿命ですから。
宿命は変えられないけど、運命は変えられる。
まだ今から、何かが変わるかもしれません
(笑)
2011年07月24日
ジャズの夕べ

昨夜は、熊本市中心市街地7ヶ所で、18グループの演奏がありました。

今年のプログラムの表紙は、サックスと周りに各部品が描かれてあり、
開くと、大震災は被災地のみならず、すべての人の心にのしかかり、
追悼と復興の祈りを込めて演奏を捧げるなどが書かれてあり、
募金箱が設置されていました。


びぷれす広場での最後のセッションから出します。
青っぽいシャツのサックス奏者は、
仙台を中心に東北で活躍の安田智彦さん

こんな年だけに、安田さんの参加は大きな意義があったと思います。


もともとジャズはアメリカのもの。
本場で勉強されてきたりしている質の高い演奏に「かっこいい
」の声。そのときのアレンジで仲間とスイングしている姿は



他のジャンルには見られない音楽ですから、私も「かっこいい!」と同時に
自分の考えていることの音楽とのギャップを感じて、一瞬、落ち込みます。

ジャンルは幅広く、人それぞれに好みがありますから、自分の音楽を好きと感じてくださる方々がいることが浮かぶと

おかしなことにまた開き直ってきます。


ライブペインティングは、河原町で活躍の5人の作家さんが、
4時間かけて完成しました。

熊本がいろいろな面で、立ちあげたリーダーに付いていくことにより、
いいマチに発展していくのを感じます。
2011年07月21日
デビュー当時の くまモン

昨年の春のお城まつりで、熊本県宣伝部長スザンヌ登場の日、
私は部下である課長をしているため
、架空の
部長と直々、会える企画がしてありました。
厳戒態勢の中、小さなテントに一人一人入り、握手ができました。

「熊本を紹介しているブログをやっています」
「ありがとうございます」
それだけの会話で、見張り役は何人もいるし、
あっというまにご対面は終わりました。
お肌の美しい部長でした。

大きなテントの会場に来ていたのが、くまモンです。
これを出すべきか、長く迷っていました。

「くまモンは、熊本のおいしいものを食べて、今のような体型になった」
という設定になっていますので、
この衝撃
の写真を出すことにしました。このとき、私の正直な感想は、
あれは何?、まっ黒けでおもしろくないキャラクターが来ているなぁ、、、、、

そして、くまモンは、「いかんばい
」と県内のおいしいものを食べて、大人気になってしまいました。
タグ :くまモン
2011年07月12日
歌声喫茶&クラシックバイク


菊陽町の“さんふれあ”で、初めて企画された「歌声喫茶」。
YMCA歌声クラブの主催で、スクリーンに映された歌詞を見て歌います。

ドリンクは好きなものを注いで、お菓子といただきます。


熊本のアンジェラ・アキさんが歌いながら、マイクを持って回ります。

ストレートヘアーでなかった頃は、もっと似ていると言われたそうです。


歌声喫茶が終わると、私も出てきてオリジナルの他、
「えへへジャズ」も含むアンサンブル。
本来、ジャズのコードで自分でアレンジすべきところ、
出来あがった楽譜で弾いて、えへへ!と笑って礼をするから
「えへへジャズ
」と名づけた人がいて、恥ずかしながら感謝です。


左→ふつうは4弦ですが、「5弦コントラバス」は音域が広がります。
右→「ザフーン」というハワイの楽器でクラリネットの音に似ています。

何年物か聞くのを忘れ、さきほど電話してみたら休業日。

わかったら追加します。
2011年07月07日
田代まさしのそっくりさん
七夕の夜は、復帰してきた人たちのコンサートでした。
(笑)
日付が変わらないうちに、感動が覚めないうちにアップします。

「Spanish Connection」(スパニッシュ コネクション)の
コンサートは熊本では約10年ぶりだったそうです。
音楽の話はどうでもいいから、田代まさしを見せろ
でしょう
はいはい、復帰を果たされた方ばかりでございます。
この4人の自己紹介が以下の通りでした。


左→田代まさし、こと、吉見征樹さん
タブラ
右→清水健太郎 こと、伊藤寛康さん
ベース


左→酒井法子 こと 平松加奈さん
バイオリン
右→市川海老蔵 こと 伊藤芳輝さん
フラメンコギター
(これには受けず、細くしたら中村獅童に見えました)

自分の出番でないときは、独特のリズムの手拍子です。
演奏しているときの顔ですから、本当はもっとイケメンや美人です。

このままで終わるわけにいきません。
感想は、素晴らしいのは当たり前
やったことのない楽器のため、どのくらいスゴイのか、
その極意がわかりません。
これはいつものことで残念です。
タブラ(田代まさし)は、もともとインドの楽器で、
テクニックが見た人でないとわかりづらいでしょうが、
独奏のときは、とてもあの楽器一つとは思えない音色の深さ。
手首でこするときは皮が剥げないかと心配になるくらいです。
民族楽器、民族音楽は、
文化の違いで他国の人間は難しいのでは?と思うことがありますが、
それに魅せられて、好きで追求しながら続けている人たちに
素晴らしいと思います。
(笑)日付が変わらないうちに、感動が覚めないうちにアップします。

「Spanish Connection」(スパニッシュ コネクション)の
コンサートは熊本では約10年ぶりだったそうです。
音楽の話はどうでもいいから、田代まさしを見せろ
でしょう
はいはい、復帰を果たされた方ばかりでございます。
この4人の自己紹介が以下の通りでした。


左→田代まさし、こと、吉見征樹さん
タブラ右→清水健太郎 こと、伊藤寛康さん
ベース

左→酒井法子 こと 平松加奈さん
バイオリン右→市川海老蔵 こと 伊藤芳輝さん
フラメンコギター(これには受けず、細くしたら中村獅童に見えました)

自分の出番でないときは、独特のリズムの手拍子です。

演奏しているときの顔ですから、本当はもっとイケメンや美人です。

このままで終わるわけにいきません。
感想は、素晴らしいのは当たり前

やったことのない楽器のため、どのくらいスゴイのか、
その極意がわかりません。
これはいつものことで残念です。
タブラ(田代まさし)は、もともとインドの楽器で、テクニックが見た人でないとわかりづらいでしょうが、
独奏のときは、とてもあの楽器一つとは思えない音色の深さ。
手首でこするときは皮が剥げないかと心配になるくらいです。
民族楽器、民族音楽は、文化の違いで他国の人間は難しいのでは?と思うことがありますが、
それに魅せられて、好きで追求しながら続けている人たちに
素晴らしいと思います。
2011年07月06日
総理はクジ引きでよい
瀬戸内寂聴さんは「総理はクジ引きで決めればいいんですよ
」
久石譲さんは「被災地へ行ったら、人間の力ではどうにもならないと思った」
いま国会中継を見ているところです。
まったく上記の二人に通じるところであります。
かつては管総理は、すごい迫力で攻撃していた立場でした。
さきほどから、石原伸晃さん、石破茂さんから攻撃されています。
石原さんもいつにない迫力、慎太郎さんが見ていたら誇らしいでしょう。
石破さんといったら、独特の目つきで管さんをにらみつけ、
ものすごい迫力で攻撃も攻撃です。
管総理のかつての顔色はどこにもありません。
元橋本総理の夫人がテレビで明かしたことがありました。
「入院している母親の見舞いということにして(それも本当に事実)、
実は点滴を打っていました」と。
そうなんです、私はあの頃、新聞で首相の動静を見ると、
毎週末か、時には平日も母親の見舞いと書いてあり、
この人はマザコンか、よほどお母様の容態がよくないのだろうと
思っていましたが、体調がよくなかったのですね。
脳梗塞で他界されたのは、だいぶ経ってからでしたから、
この時期のことが影響していたかは医師でないので書けません。
強いことを言われて攻撃されたら、つぶれてしまいそうな私なので、
政治家のそのような面での姿には感心してしまいます。
今でも総理は本当は小泉さん!と言われることがあります。
現在、日本の総理は、“変人”
でなければ持たないのかもしれません。
皆さんにあまり知られていないことをお伝えします。
小泉さんは横須賀の出身として書かれますが、
ルーツは鹿児島県加世田市なんです。
理由は、小泉さんの父親も政治家でしたが、中央に出ていくまで
加世田市で生まれ育ち、鮫島という姓でした。
横須賀出身の小泉家に養子として入り結婚しましたので、
鮫島姓のままだったら、
その息子の小泉純一郎さんは鮫島純一郎さんだったんです。
鹿児島から総理が出た!と言われていたはずです。
加世田市に墓参へ来られたのが出ていたことがありました。
西郷隆盛も西南戦争で陣頭指揮を取ったりで、当時の変人だったのか
小泉さんも鹿児島の血が流れ、薩摩隼人といったところでしょうか。
もう現代の鹿児島の男性には薩摩隼人の言葉は合わないかもしれません。
一年ごとにコロコロ変わる日本の総理、
寂聴さんのように、クジ引きでいいのかもしれません。
あ~、ホントに言いすぎ
」久石譲さんは「被災地へ行ったら、人間の力ではどうにもならないと思った」
いま国会中継を見ているところです。

まったく上記の二人に通じるところであります。
かつては管総理は、すごい迫力で攻撃していた立場でした。
さきほどから、石原伸晃さん、石破茂さんから攻撃されています。
石原さんもいつにない迫力、慎太郎さんが見ていたら誇らしいでしょう。
石破さんといったら、独特の目つきで管さんをにらみつけ、
ものすごい迫力で攻撃も攻撃です。

管総理のかつての顔色はどこにもありません。
元橋本総理の夫人がテレビで明かしたことがありました。
「入院している母親の見舞いということにして(それも本当に事実)、
実は点滴を打っていました」と。
そうなんです、私はあの頃、新聞で首相の動静を見ると、
毎週末か、時には平日も母親の見舞いと書いてあり、
この人はマザコンか、よほどお母様の容態がよくないのだろうと
思っていましたが、体調がよくなかったのですね。

脳梗塞で他界されたのは、だいぶ経ってからでしたから、
この時期のことが影響していたかは医師でないので書けません。
強いことを言われて攻撃されたら、つぶれてしまいそうな私なので、
政治家のそのような面での姿には感心してしまいます。

今でも総理は本当は小泉さん!と言われることがあります。
現在、日本の総理は、“変人”
でなければ持たないのかもしれません。皆さんにあまり知られていないことをお伝えします。

小泉さんは横須賀の出身として書かれますが、
ルーツは鹿児島県加世田市なんです。

理由は、小泉さんの父親も政治家でしたが、中央に出ていくまで
加世田市で生まれ育ち、鮫島という姓でした。
横須賀出身の小泉家に養子として入り結婚しましたので、
鮫島姓のままだったら、
その息子の小泉純一郎さんは鮫島純一郎さんだったんです。

鹿児島から総理が出た!と言われていたはずです。
加世田市に墓参へ来られたのが出ていたことがありました。
西郷隆盛も西南戦争で陣頭指揮を取ったりで、当時の変人だったのか

小泉さんも鹿児島の血が流れ、薩摩隼人といったところでしょうか。
もう現代の鹿児島の男性には薩摩隼人の言葉は合わないかもしれません。
一年ごとにコロコロ変わる日本の総理、
寂聴さんのように、クジ引きでいいのかもしれません。
あ~、ホントに言いすぎ
2011年07月03日
一冊の出会いから
昨夜、ブロガーさんが何人もいる読書会に参加。
ご覧のとおり、ビールなどが見えています。
一冊ずつ持ち寄って紹介し、昨夜は親睦が目的でした。

私は一冊の本に絞って書いてみます。
もいさいさんの祖父にあたる豊野令さんは2冊の本を出しています。
国鉄に勤務されていました。
1961(S36)年、50歳のときのエッセイ『くまもと駅物語』で、
驚いたのは、友人だったという海老原喜之助さんが表紙絵や挿絵を描き、
殺風景な駅に海老原画伯の絵が飾られていたそうです。

この表紙は色鉛筆で描かれたように見えました。
印刷は、現在は無いと聞いたことのあった白石印刷、
今では想像もできない280円
では、どうして私だけ特に驚いたのでしょうか。
それは、熊本でいえば熊日美術展。鹿児島では南日本美術展です。
南日本美術展で特に最優秀と認められたら、海老原賞を贈られ、
ヨーロッパへ1年間留学できる制度があります。
海老原賞で元同僚だった内川さんからは留学前の水彩画や、
スペインへの旅行中に描いた油絵を帰国後にいただき、
同じく海老原賞受賞で同じクラスになったことのある宮薗さんは
鹿屋市役所の前にモニュメントを寄贈しており、
私にとって大きな刺激になっています。
内川さんと同時期に同僚だった元野さんは、よく日展で入選し、
3人で何度か忘年会などをしようと誘われ、
最後は貝汁を食べたいと言いだす2人に、若い私は
なんで貝汁を、オジサンの証拠だ!思ったものでしたが、
今ではその歳を越えてしまいました。

挿絵にEbiのサイン
海老原喜之助さんは鹿児島県出身で、旧制中学を卒業すると上京し、
藤田嗣治に師事し、初めての個展はニューヨークでした。
ちょっと調べてみたら、
水俣で終戦を迎え、人吉から熊本市へ移転し、芸術選奨文部大臣賞など
多く受賞して、パリで亡くなっています。
ここで忘れてならないのが、同じ1904年生まれで同じ旧制中学、
しかしこちらは100歳まで生き、文化勲章まで受章の吉井淳二さん。
海老原賞が創設されたのは、先に海老原喜之助さんが
66歳で他界されていたからかもしれません。
またここで忘れてはならないのが、鹿児島に長く在住され、
崇城大学副学長もされた彫刻家で、文化勲章受章の中村晋也さん。
展覧会では、あっ、あれが中村晋也さんの作品!と
遠くから見てもわかるように魂を感じていました。
鹿児島で、中村晋也さんの最後の弟子だった田淵さんも元同僚で、
重なる仕事は一緒にしていたものでした。
こうして、たった一冊の本から、芋づる式のように浮かんできたのです。
こんなことが、たま~にあるのですね。
上記の作家はすべて男性です。
ご覧のとおり、ビールなどが見えています。

一冊ずつ持ち寄って紹介し、昨夜は親睦が目的でした。

私は一冊の本に絞って書いてみます。

もいさいさんの祖父にあたる豊野令さんは2冊の本を出しています。
国鉄に勤務されていました。

1961(S36)年、50歳のときのエッセイ『くまもと駅物語』で、
驚いたのは、友人だったという海老原喜之助さんが表紙絵や挿絵を描き、
殺風景な駅に海老原画伯の絵が飾られていたそうです。

この表紙は色鉛筆で描かれたように見えました。

印刷は、現在は無いと聞いたことのあった白石印刷、
今では想像もできない280円

では、どうして私だけ特に驚いたのでしょうか。

それは、熊本でいえば熊日美術展。鹿児島では南日本美術展です。
南日本美術展で特に最優秀と認められたら、海老原賞を贈られ、
ヨーロッパへ1年間留学できる制度があります。
海老原賞で元同僚だった内川さんからは留学前の水彩画や、
スペインへの旅行中に描いた油絵を帰国後にいただき、

同じく海老原賞受賞で同じクラスになったことのある宮薗さんは
鹿屋市役所の前にモニュメントを寄贈しており、
私にとって大きな刺激になっています。

内川さんと同時期に同僚だった元野さんは、よく日展で入選し、
3人で何度か忘年会などをしようと誘われ、
最後は貝汁を食べたいと言いだす2人に、若い私は
なんで貝汁を、オジサンの証拠だ!思ったものでしたが、
今ではその歳を越えてしまいました。


挿絵にEbiのサイン
海老原喜之助さんは鹿児島県出身で、旧制中学を卒業すると上京し、
藤田嗣治に師事し、初めての個展はニューヨークでした。

ちょっと調べてみたら、
水俣で終戦を迎え、人吉から熊本市へ移転し、芸術選奨文部大臣賞など
多く受賞して、パリで亡くなっています。
ここで忘れてならないのが、同じ1904年生まれで同じ旧制中学、
しかしこちらは100歳まで生き、文化勲章まで受章の吉井淳二さん。
海老原賞が創設されたのは、先に海老原喜之助さんが
66歳で他界されていたからかもしれません。
またここで忘れてはならないのが、鹿児島に長く在住され、
崇城大学副学長もされた彫刻家で、文化勲章受章の中村晋也さん。
展覧会では、あっ、あれが中村晋也さんの作品!と
遠くから見てもわかるように魂を感じていました。
鹿児島で、中村晋也さんの最後の弟子だった田淵さんも元同僚で、
重なる仕事は一緒にしていたものでした。
こうして、たった一冊の本から、芋づる式のように浮かんできたのです。
こんなことが、たま~にあるのですね。

上記の作家はすべて男性です。
2011年07月01日
くま経プレス
久しぶりの掲載物です。
2年前から今の時期には、今回はここへと違う所へお願いしています。
このCDのお知らせは今年までの予定です。
今年は、↓ と、あともう一つは雑誌で、しばらくしてからになりそうです。

これは、熊本市とその周辺一部地域なので、配布されない地域の方には
ごめんなさい。

フリーペーパーは、6種類くらいポストに入っています。
リビング、すぱいす、マチカラ、あれんじ、カジューラ・・・
重なると1ページ1ページめくるのも大変なときがあります。
地域によって、うきうきプレスなどがありますね。
くま経プレスを目にされた方は見つけてみてくださいね。
2年前から今の時期には、今回はここへと違う所へお願いしています。
このCDのお知らせは今年までの予定です。
今年は、↓ と、あともう一つは雑誌で、しばらくしてからになりそうです。

これは、熊本市とその周辺一部地域なので、配布されない地域の方には
ごめんなさい。

フリーペーパーは、6種類くらいポストに入っています。
リビング、すぱいす、マチカラ、あれんじ、カジューラ・・・
重なると1ページ1ページめくるのも大変なときがあります。

地域によって、うきうきプレスなどがありますね。
くま経プレスを目にされた方は見つけてみてくださいね。
2011年06月27日
チャペルで大震災チャリティコンサート
昨夜、ホテルのチャペルに初めてピアノが入れられて、
東日本大震災こども未来基金チャリティコンサートがありました。
奇しくも熊本の歴史に残る、白川大水害の日でもありました。

大震災で孤児となってしまった子どもたちの
就学援助を目的に設立され、コンサートの益金がチャリティです。

中は聖なる場であるからと、最初から撮影許可は求めませんでした。
「3人の演奏者 + 集まった人 + チャペル」
三要素の融合から感動がわきあがりました。
昨年は別な場所で、3人の演奏を聴いています。
仙台在住のピアノの稲垣達也さん
オカリナやカリンバ他の堀田峰明さん
ラテン楽器の熊本の石原靖也さん
↓
稲垣さんから、「いくつもの顔を持つ石原さん」と昨夜もトークで出て、
数年前に県立美術館本館でピカソ展があったとき、
このことを短歌にできないかと、弱い頭をヒネリにヒネッてできた歌、
「いくつかの違う顔持つ絵のように生きてみたしとピカソ展出づ」
角川への一般公募で秀逸に採っていただいたことを思いだしました。
まさにこの歌のように、石原さんも堀田さんも、
どちらが本業かと謎に包まれるくらい半端なものではなく、
究極のと言っても過言でないほどです。
私にとって最高に感激した演奏は、三人一緒での即興演奏でした。
あのチャペルの天井の造りからくる音響は、どこの場所でも同じように
聴こえるらしく、静まりかえった中で、おそらくスリルを味わいながらの
即興は、私をワクワクさせ、しかも素晴らしかったことです。
また、自然に目を閉じてしまっていたことに気づいたとき、
周囲を見ると9割以上の人が同じだったこと。
荘厳ともいっていい雰囲気からは、最初で触れたように、
大震災の他、白川大水害の日とも重なり、
「祈り」の題に変えてもいいのではという曲も何曲かありました。
チャペルでのコンサート、
今後も、“とっておき”な時に企画されてほしいと願う一人です。
東日本大震災こども未来基金チャリティコンサートがありました。
奇しくも熊本の歴史に残る、白川大水害の日でもありました。

大震災で孤児となってしまった子どもたちの
就学援助を目的に設立され、コンサートの益金がチャリティです。

中は聖なる場であるからと、最初から撮影許可は求めませんでした。
「3人の演奏者 + 集まった人 + チャペル」
三要素の融合から感動がわきあがりました。
昨年は別な場所で、3人の演奏を聴いています。
仙台在住のピアノの稲垣達也さん
オカリナやカリンバ他の堀田峰明さん
ラテン楽器の熊本の石原靖也さん
↓
稲垣さんから、「いくつもの顔を持つ石原さん」と昨夜もトークで出て、
数年前に県立美術館本館でピカソ展があったとき、
このことを短歌にできないかと、弱い頭をヒネリにヒネッてできた歌、
「いくつかの違う顔持つ絵のように生きてみたしとピカソ展出づ」
角川への一般公募で秀逸に採っていただいたことを思いだしました。
まさにこの歌のように、石原さんも堀田さんも、
どちらが本業かと謎に包まれるくらい半端なものではなく、
究極のと言っても過言でないほどです。

私にとって最高に感激した演奏は、三人一緒での即興演奏でした。あのチャペルの天井の造りからくる音響は、どこの場所でも同じように
聴こえるらしく、静まりかえった中で、おそらくスリルを味わいながらの
即興は、私をワクワクさせ、しかも素晴らしかったことです。

また、自然に目を閉じてしまっていたことに気づいたとき、
周囲を見ると9割以上の人が同じだったこと。
荘厳ともいっていい雰囲気からは、最初で触れたように、
大震災の他、白川大水害の日とも重なり、
「祈り」の題に変えてもいいのではという曲も何曲かありました。

チャペルでのコンサート、
今後も、“とっておき”な時に企画されてほしいと願う一人です。

2011年06月23日
「水車物語」さん


3月にリニューアルした大津町の、ギャラリー&和カフェの「水車物語」さん。
正面入口と、わくわくしながら歩いていく通路です。
店内の中央に回っている水車には、
説明を読みながら大津町の歴史を感じます。
最後にリンクしてある写真もご覧くださいね。


18日(土)に、回っていた水車を止めて、重松壮一郎さんの
コンサートがありました。

とても雨の降った日でしたから、外から聞こえてくる雨音と、
それに合わせた重松さんの1曲目は即興演奏。
電灯も暗くした中で聴く音と雰囲気がロマンチックでもありました。


昨日行くと、流して飾ってあり「水車物語」さんも販売所になりました。

自家製六穀サンド
白米・玄米・玄麦・はと麦・黒豆・蕎麦を練り込んだ自家製パンに、
手作りの和のお惣菜をサンドしてあります。
ギャラリー、展示販売、飾りものなど、見つくせないほど楽しめます。
おもしろい写真屋さんに、
反対の駐車場側から入った店内の様子がたくさん出ています。
もともと製粉所だった所も見れます。
タグ :ギャラリー&和カフェ水車物語



